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佐々江峠の分かれ道 ― わびさびツーリングが教えてくれた、GPSと歴史の話

2026年9月12日、久々の長距離わびさびツーリング。走行距離244.5km、所要時間およそ8時間。天気に恵まれ、峠あり、絶景あり、そしてちょっとした「事件」(極めて個人的な)ありの、なかなか濃い一日でした。

その「事件」というのが、帰宅後にGPSログを見返していて気づいた、ある奇妙な軌跡でした マップを拡大してみれば違和感が・・・

山を突っ切るバイク

記録されたルートを3D地形図で眺めていて、思わず二度見した箇所がある。実際の道路は等高線に沿って谷をゆったりと巻きながら蛇行しているのに、GPSの軌跡はその蛇行を無視して、道など存在しないはずの斜面や谷筋を、まるで忍者のように斜めに突っ切っていましたね。

種明かしをすると、これは単純に記録間隔の問題でした。今回は「10秒に1点」という設定でGPSを記録していたのだが、峠道のカーブ、特にヘアピンのようなきつい折り返しは、実は10秒もかからずに通過できてしまう距離しかない。結果として、カーブの「入口」と「出口」の2点しか記録に残らず、その間を機械が律儀に直線で結んでしまう。カブのような遅いバイクでも、カーブそのものが短ければ関係ない――というのが、今回の思わぬ発見でした。

この誤差にはもう一つおまけがついてましたね。ある地点で瞬間的に109km/hという、カブではまずあり得ない速度が記録されてました。調べてみると、これはGPSの単発の測位ミスが標高データごとズレて記録され、次の点で帳尻を合わせるように「跳んだ」ことが原因だった。カーブのショートカットとは別種の、単発グリッチでした。ちなみにこちらは実際のペースを高く見せ、逆にカーブのショートカットは実際の距離・平均速度を低く見せる方向に働く。同じ「GPSの粗さ」でも、出てくる誤差の向きが逆というのも面白いところですね。まぁスター・トレックの様にワープした 笑。 次からは「3秒に1点」デフォルト設定にしようと思います

佐々江という谷 ― 丹波の南の端で

さて、その「事件現場」となった佐々江峠は、京都府道443号佐々江京北線が越える峠です。この道、南丹市日吉町佐々江を起点に、京都市右京区京北五本松町へと至る。京都市側には京北ふるさと公社が運営するコミュニティバスが走っているそうですが、南丹市側にはバス路線がなく、大型車が通れない区間まであるという、いかにも山あいの県道らしい道です。

佐々江は南丹市日吉町の中でも「五ヶ荘地区」と呼ばれるエリアらしい。この日吉町の歴史をたどると、平安時代後期、保元・平治の乱で後白河天皇に味方して手柄を立てた源頼政が、保元3年(1158年)に天皇からこの五ヶ荘一帯を含む丹波の地を賜ったのが、記録に残る最初の姿で。」、平安末期の武家の荘園という、ずいぶん古い歴史を持つ土地のようです。「南丹市」という市名も、この地が丹波国の南部にあたることに由来しているとの事。

京北という森 ― 皇室と杣人の里

峠を越えた先の京北は、全体の93%を森林が占め、南北21.7km・東西17.7kmという広がりを持つこの地域は、2005年に京都市へ編入されるまでは独立した「京北町」だった。

中世には「山国荘」という禁裏御料地――つまり天皇家の直轄地――だったこともあり、皇室とのつながりがとにかく深く。幕末には、この地の郷士たちが「山国隊」として戊辰戦争に従軍し、その縁で今も京都・時代祭の先頭を鼓笛隊として飾っている。中心地の「周山」という地名は、あの明智光秀がこの地に城を築いた際、中国古代の周の武王の故事にちなんで名付けたと伝わる。さらに古くは、平安京造営の際にこの一帯から良質な木材が都へ運ばれたとも言われ、今に続く「北山杉」の産地としての歴史は、都の礎を支えてきたそうです。

峠が結んでいたもの

佐々江峠そのものについて、これといった専門的な記録は見つけられませんでした。ただ、佐々江側が旧丹波国、京北側が旧山城国という、異なる国の境目に近い山あいだったことを思うと、この峠が古くから丹波と都(山城)を結ぶ生活道・往来の要衝だった可能性は高く、峠に地蔵尊が祀られているのも、境界や峠道に旅人の安全を見守る地蔵を置くという、日本各地でよく見られる信仰の一つでしょうね。